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各地の情報
地理
中国最大の都市、上海は日本の鹿児島市とほぼ同緯度に位置ししており、面積は6341平方Kmです。(群馬県とほぼ同じ)
上海市は18区と1県から構成されていて(2003年現在)、都市部が3248平方Km、その他は農村部となっていおり、
北京市・天津市・重慶市と並ぶ「中央直轄特別市」です。
中央直轄特別市は「省」や「自治区」と同格であり、南京市や広州市などよりも行政上の地位が高いとされています。
中国ではもっとも人口が多く、戸籍人口は約1700万人(2004年)、外来流動人口は約375万人です。
上海中心市街地の人口密度は総面積1平方Km当たり2万人を超え、郊外の黄浦区は5万人を超えるといった超過密状況を呈しています。
日本と上海市の関係は国交正常化後、横浜市が1973年に、大阪市が1974年、大阪府が1980年、長崎県が1996年にそれぞれ友好都市提携をしており、また上海市内の各区と日本の各都市の友好・姉妹都市提携も多数です。
気候
上海の気候は亜熱帯海洋性気候で、四季がはっきりしており、梅雨も日本と同じようにあり、6~9月に年間降水量の6割が集中します。
夏は高温多湿で冬は寒さが厳しく、年間平均気温は約17度、年間降雨量は約1600mmとなっており、日本の中部地方とよく似た感じです。
歴史
【上海のはじまり】
13世紀(南宋)に上海県が設置され、商業港として発展。現在につながる都市化が始まったのは19世紀と、歴史的には比較的最近のことです。
【上海の租界時代】
清が阿片戦争に敗れた後、1843年の南京条約により上海港がイギリスにより強制的に開港、欧米列強による租界が開設されました。
日本も日清修好条約(1871年)以後租界に参入。こうして諸外国がつくった、中国政府の行政権と警察権の及ばない「租界」により上海は帝国主義の一面を表しつつ、世界有数の大都市として経済的、文化的に大きく発展していくことになります。
【戦後の発展】
1940年代の上海
日中戦争後1945年の日本敗戦により上海は完全に中国に返還、1949年に中華人民共和国が成立。1966~1976年の文化大革命を経て1979年の改革開放政策、1992年の南巡講話、社会主義市場経済の提唱と、上海は中国の変化、発展を示す国内最大の経済都市となります。
(上海市一人あたりGDPは、1978年から2002年までに16.3倍の40,646元(=4,908米ドル)となり全国平均の約5倍に相当します。)
【現在の上海】
浦東地区
なかでも浦東新区は、東方明珠タワーなどでおなじみの高層ビルが建ち並ぶ新しい上海を象徴する地域です。1990年国家プロジェクトとして承認された「上海浦東地区開発計画」は、2015年までに黄浦江東側一帯の地域を将来の「アジア太平洋の金融センター」とすべく開発を急ピッチで進めています。主にハイテク企業、外資系企業、金融機関が集まっていて上海市全体の半数を取り扱うコンテナバースを要する外高橋保税区もここにあります。10年前は農村地域だったといわれる浦東地区ですが、大きく変化しており、新国際空港、リニアモーターカー、地下鉄の延長工事、外環状線道路、高層住宅の建設など、これからも大規模な開発が計画されており、2010年の中国初の万博もこの地域で開催されることになっています。
経済
中国最大の経済圏は上海を中心とする長江デルタ地区と呼ばれる上海市、江蘇省、浙江省からなる地域です。主要都市は、上海、南京、蘇州、無錫、常州、杭州、寧波、温州等で、長江流域に沿って発展した一帯をさします。
1985年に沿海経済解放区に指定されており、特徴として、海運、鉄道、高速道路が発達し、郷鎮企業※、国有企業、外資系企業(台湾系、欧米系、日系)が多く、家電、IT、パソコン、化学、食品メーカーなどが集まり、大企業が多数存在していることがあげられます。
(※郷鎮企業:地方自治体、農民が経営する企業。農業、工業、商業、建設業、運輸業、製造業などを営み、1980年代に外資系企業との提携により急成長しました。企業数は2000万社を超え、すでに全国有数の大企業も登場し、郷鎮企業は長江デルタを中心に発展をし、とくに蘇南(江蘇省南部)、温州(浙江省)での発達が代表的です。)
上海に進出している日系企業数は約2700社、在留邦人数23,500人余り(2003年)。毎年上海を訪れる海外客は82万人に上ります。

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